IOHとは

東京キッドブラザースの黄金期を、柴田恭兵らと過ごし、
ニューヨーク公演、全米ツアー、
日本全国ツアーなど経験後、退団した役者達が、
自分たちのめざすストレートプレイをつくりたいと1992年設立。
[公演数:341回、 総動員数:約48000人]
作・演出の林邦應は、決して派手ではないが心に沁みる作品を創り続け、
95『夜と夜の旅人』以降シリーズ化されている家族の物語は、
家族愛、人間の優しさをおかし切なく描き、大きな評価を受けた。
また角松敏生や木根尚登(TMN)など、
メジャーミュージシャン達とのコラボレーションを企画・脚本・演出、
彼ら自身を音楽&主演とし、まったく新たな演劇を世に送り出してきた。
2006年6月シアタートップスにて2週間公演後、活動を休止。
2008年プロデュース再開。
2011年1月劇団IOHを再始動!!

劇団IOH
2011
TOPヘ
チケット

菜緒のこと

菜緒は西伊豆の松崎で育った。
小さな干物屋を営む母・奈津子との二人暮らしは、つましいけれど幸せで、菜緒は明るくほがらかな性格のまま大きくなった。
父親は物心付いた時からいなかった。菜緒が生まれてすぐに病気で亡くなったと聞かされていたため、特に気にすることもなく高校を卒業。
その後、横浜の看護学校に入学し、厳しいけれどやりがいのある日々を過ごしていた。
今年の春、母がくも膜下出血で倒れ、駆けつけた菜緒に手を握られながら息を引き取った。
親戚はいなかったため、ご近所の人々に支えられ、ささやかな葬式を済ませた菜緒は、母の遺品を整理することにした。
茶箪笥の中に看護学校を卒業するまでの金額が記された通帳と、一枚の手紙が…。
“私に何かあったら、東京の羽田にある『はしや』を訪ねなさい。”

梅雨の真っ只中、菜緒は羽田の運河を前にして戸惑っていた。
伊豆松崎の海は青く透きとおり、潮の香りは優しく胸に染み込んでくる。

それに比べ運河の水は茶緑に濁り、生臭い悪臭を放っている。
しかし、なぜか懐かしく感じられるのだ。
そう、菜緒の記憶の奥にこの運河の風景、匂いが残っている。
「私はこの場所を知っている!?」
迷いながらもたどり着いた『はしや』の外観もまた同じように懐かしい、

いやもっと強い感情、愛おしさが湧いてくる。
「私はここで暮らしていたことがある」それはもはや確信に近かった。

引き戸を開け、名前を名乗った途端、ニコニコと応対してくれたおばさんの顔が、

一気に引きつると、みるみる泣き顔に変わっていく。
「人の顔ってこんなに変わるものかな?」と思った瞬間、手を引かれ、

お茶の間に連れて行かれた。「これって拉致?」
それからがすごかった。

どんどん人が集まり、笑ったり泣いたり、戸惑ったり、あげくに殴り合いのケンカになったり…。
あまりの展開の速さに、菜緒は呆然としているだけ。
そして一人のおじさんが、私の前に現れた!!
菜緒は思わず、思いもよらない言葉を口に出していた…。

可笑しく切ない、一夜の物語が始まった。

縁起物[えんぎもの]

よい事があるようにと、人々が祝い祈るための品物たち。
大好評『笑うマネキねこ』に続く“IOH縁起物シリーズ”は、
どこにでもいる人々が巻き起こす、
ごく普通に起こっているだろうストーリー。
でも、どこか懐かしくて、なんだか可笑しくて、じんわり切なくて、
胸の奥がフワフワ、ジンジン行ったり来たりすることはお約束します!
劇場を出るときには、心がちょっとだけ暖かくなる、
そんな家族の物語です。

トップページ
コメント!新着情報!
笑うマネキねこについて